『キッスで殺せ!』
「Kiss Me Deadly」(1955年 アメリカ)
 90年代の東京は歴史の闇に埋もれたカルト・ムービーが次々に劇場公開されるという、映画ファンにとって夢のような時代でした。しかし劇場公開されても未だソフト化されていない作品も多く、例えば『茂みの中の欲望』(67年)や『ジョアンナ』(68年)などは60'sのサイケな時代を追体験させてくれた大好きな作品だけに、DVD化をひたすら待ち続けているわけです。この『キッスで殺せ!』も1998年にリヴァイヴァル公開された時に観に行き、その視覚的異質さに衝撃を受けて長年ソフト化を待ち続けてきた作品(数年前にめでたくDVD化)。
 私立探偵マイク・ハマーはある夜、裸足でハイウェイを走ってきた女を車に乗せます。直後2人は謎の男達に拉致され、女は拷問の末に殺されてしまう。「私を忘れないで」というメッセージを残して…。悲痛な表情でハイウェイを駆ける女と、ラジオから流れ出すナット・キング・コールの「Rather Have The Blues」の甘い調べ。恐らくデヴィッド・リンチなどにも影響を与えたと思われる、このサスペンスとロマンティシズムの緩急の付け方が絶妙な冒頭のシーンで、一気に作品にのめり込んでいきました。どちらかと言えば謎めいたストーリーよりも、過激なヴァイオレンス・シーンを含む場面場面のカッコ良さや、全体を包む不穏な空気、主人公のダンディな立ち振る舞い等の視覚効果に魅せられた映画ですが、本作の持つフィルム・ノワール独特の闇の魅力に、後生の映画作家たち(特にトリフォーやゴダールなどのフランスの映画人たち)が参ってしまったというのも分かる気がします。その魅力はコーエン兄弟がフェイヴァリット・ムービーだと崇める『狩人の夜』などにも通じるなと思ったら、何と制作年が同じでした。