『或る夜の出来事』
「It Happened One Night」(1934年 アメリカ)
 僕の生涯のフェイヴァリット・ムービーはフランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』(46年)なのですが、キャプラには他にも『オペラハット』(36年)『我が家の楽園』(38年)『スミス都に行く』(39年)など好きな作品がたくさんあります。若いうちにこれらの作品に出逢い、生きていく姿勢みたいなものを教わったことは本当に良かったと思っています。よく「キャプラ作品が好きだ」と言うと「ロマンチスト」だとか「理想主義者」だとか「メッセージが潔癖すぎて恥ずかしい」などといったお言葉を頂戴しますが(とは言っても最近はキャプラで反応が返ってくることは滅多にありませんが…)僕も今の年齢のスレた感覚で観たらそう思っていたのかもしれません。でもまだウブで純粋で理想に燃えていた高校〜予備校の頃の自分には、キャプラ作品の希望に満ちたメッセージが胸にグサグサ刺さりまくったのです。純粋で理想に燃えた若者が、大人の汚れた世界に屈せず信念を貫き通す…といったストーリーが多いキャプラ作品は、確かにこの現代では陳腐に映るかも知れません。しかし、もはや性善説など完璧に崩れ去って、負け組、勝ち組と簡単に烙印を押されるこんな時代だからこそ、もう一度観直してみる価値があると思います。人生は勝ち負けなどではないということをしっかりと教えてくれています。僕は今でもたまにキャプラ作品を観てちゃんと泣けるかどうか確認します。まだ泣けるなら「大丈夫だな」と。
 とは言いつつも、いきなり『スミス都に行く』を薦めてドン引きされても困るので、ここでは『或る夜の出来事』を紹介します。いつものキャプラ印の正義感は影を潜め、センスのいい元祖ロマンティック・コメディとして完璧な職人技を披露しています。70年以上も昔の作品ながら、今観ても相当面白いです。